事業承継の方法と税制優遇措置

事業承継とは

事業承継とは、企業の経営を現在の経営者から後継者へ引き継ぐことを指します。単なる社長交代ではなく、経営権(株式・事業用資産)経営ノウハウ・人脈企業理念・文化の3つの要素を総合的に引き継ぐプロセスです。

日本では中小企業の経営者の高齢化が深刻な問題となっており、中小企業庁の調査によると、70歳を超える中小企業経営者は約245万人にのぼります。そのうち約半数が後継者未定の状態であり、廃業による雇用喪失やGDPへの影響が懸念されています。事業承継は個々の企業だけでなく、日本経済全体にとっても重要な課題です。

❗ 事業承継の準備は早めに

事業承継には通常5年から10年の準備期間が必要です。経営者が健康なうちに計画を立て、段階的に進めることが成功の鍵となります。突然の相続による事業承継は、後継者の準備不足や多額の税負担につながるリスクがあります。

事業承継の3つの方法

事業承継の方法は大きく分けて3つあります。それぞれにメリット・デメリットがあり、企業の状況に応じて最適な方法を選択することが重要です。

1. 親族内承継

経営者の子や配偶者、兄弟姉妹など親族に事業を引き継ぐ方法です。日本の中小企業では最も一般的な承継方法であり、従業員や取引先からの理解を得やすいという利点があります。

親族内承継では、相続・贈与による株式移転が中心となります。事業承継税制の特例措置を活用すれば、相続税・贈与税の納税を猶予・免除できる可能性があります。ただし、後継者に経営者としての資質や意欲がなければ、事業の継続は困難です。後継者の育成に十分な時間を確保することが重要です。

2. 従業員承継(MBO・EBO)

社内の役員や従業員に事業を引き継ぐ方法です。MBO(Management Buyout)やEBO(Employee Buyout)とも呼ばれます。事業内容を深く理解している人材が後継者となるため、経営の継続性が高いのが特長です。

従業員承継の最大の課題は、後継者による株式取得の資金調達です。中小企業の株式は非上場であり、評価額が高額になることもあります。金融機関からの融資や日本政策金融公庫の事業承継ローンの活用、またはLBO(レバレッジド・バイアウト)スキームの検討が必要になる場合があります。

3. M&A(第三者承継)

親族や従業員に適切な後継者がいない場合、外部の第三者に事業を売却する方法です。近年、後継者不在による事業承継型M&Aは急増しており、中小企業のM&A件数は年間4,000件を超えています。

M&Aのメリットは、広い候補の中から最適な買い手を見つけられること、経営者が売却対価を得られることです。一方、従業員の雇用条件の変更、企業文化の違いによる摩擦、情報漏洩のリスクなどに注意が必要です。

3つの方法の比較

項目親族内承継従業員承継M&A(第三者承継)
後継者子・配偶者・兄弟等役員・従業員外部の企業・個人
経営の連続性高い高い中程度
従業員の理解得やすい得やすい時間がかかる場合あり
株式取得の資金相続・贈与で可能資金調達が課題買い手が負担
税制優遇事業承継税制活用可事業承継税制活用可原則適用なし
準備期間5〜10年3〜7年1〜3年
売却対価なしあり(株式売却代金)あり(売却代金)
適用できるケース親族に後継者がいる場合社内に適任者がいる場合後継者不在の場合

事業承継税制(特例措置)

事業承継税制とは、後継者が相続・贈与によって取得した非上場株式等に係る相続税・贈与税の納税を猶予・免除する制度です。2018年度の税制改正で創設された特例措置は、一般措置と比較して大幅に要件が緩和されています。

特例措置の主なポイント

項目一般措置特例措置
対象株式発行済株式総数の2/3まで全株式が対象
猶予割合相続税80%・贈与税100%相続税・贈与税ともに100%
後継者の人数1人のみ最大3人まで
雇用確保要件5年間平均8割維持実質撤廃(届出のみ)
適用期限なし2027年12月31日まで
特例承継計画不要2026年3月31日までに提出

⚠ 特例措置の期限に注意

特例措置の適用を受けるためには、2026年3月31日までに都道府県に「特例承継計画」を提出し、2027年12月31日までに実際の承継(贈与・相続)を行う必要があります。期限を過ぎると一般措置のみの適用となり、猶予される税額が大幅に減少します。

納税猶予の取消事由

事業承継税制の適用を受けた後も、一定の事由に該当すると納税猶予が取り消され、猶予されていた税額に加えて利子税を納付する必要があります。主な取消事由は以下の通りです。

  • 会社が資産管理会社に該当した場合
  • 後継者が代表者でなくなった場合(承継後5年間)
  • 対象株式を譲渡した場合
  • 会社が解散した場合
  • 資本金・準備金を減少させた場合

事業承継の手続きの流れ

事業承継は以下のステップで計画的に進めます。早期から専門家と連携しながら取り組むことが成功の鍵です。

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    現状の把握と課題の整理

    会社の経営状況、財務内容、株式の評価額、後継者候補の有無などを整理します。事業承継診断やローカルベンチマークを活用して、客観的に自社の状況を分析しましょう。中小企業庁の「事業承継ガイドライン」も参考になります。

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    事業承継計画の策定

    承継の方法(親族内・従業員・M&A)を決定し、具体的なスケジュールを作成します。特例措置を活用する場合は、特例承継計画を策定して都道府県知事に提出します。税理士や中小企業診断士等の専門家の助言を受けることをお勧めします。

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    後継者の育成・選定

    後継者に経営に必要なスキル・知識を習得させます。社内の各部門を経験させたり、外部の経営塾やセミナーに参加させたりする方法があります。取引先や金融機関への紹介も段階的に進めます。M&Aの場合は候補先の選定とデューデリジェンスを行います。

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    株式・資産の移転

    贈与や相続、売買などにより株式や事業用資産を後継者に移転します。事業承継税制の適用を受ける場合は、所定の手続き(認定申請、税務申告等)を確実に行います。株式の評価額を下げるための対策(役員退職金の支給等)も検討します。

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    経営権の移譲と事後管理

    代表者の交代を行い、正式に経営を後継者に移譲します。事業承継税制の適用を受けた場合は、承継後5年間は「継続届出書」を毎年提出し、5年経過後も3年に1度の届出が必要です。先代経営者は必要に応じて相談役として後継者をサポートします。

注意点とリスク

事業承継を進める上で、以下の点に注意が必要です。

遺留分への配慮

親族内承継で株式を後継者に集中させる場合、他の相続人の遺留分を侵害しないよう注意が必要です。「経営承継円滑化法」に基づく遺留分に関する民法の特例を活用すれば、後継者が取得した株式を遺留分の算定基礎財産から除外(除外合意)したり、株式の価額を固定(固定合意)したりすることが可能です。

個人保証の問題

中小企業では経営者が会社の借入金に対して個人保証を提供しているケースが多くあります。事業承継に際して、先代経営者の個人保証を後継者に引き継ぐか、保証の解除を金融機関と交渉する必要があります。「経営者保証に関するガイドライン」に基づき、金融機関との協議を進めましょう。

知的資産の承継

事業承継では株式や不動産などの有形資産だけでなく、経営者の人脈、取引先との信頼関係、従業員のスキル・ノウハウ、ブランド力といった知的資産の承継も重要です。これらは目に見えない資産であるため、意識的に引き継ぎを行わなければ失われてしまいます。知的資産経営報告書を作成して、自社の強みを「見える化」することが有効です。

よくある質問

事業承継税制の特例措置はいつまで利用できますか?
事業承継税制の特例措置は2027年12月31日までの時限措置です。特例措置の適用を受けるためには、2026年3月31日までに「特例承継計画」を都道府県に提出する必要があります。期限を過ぎると一般措置のみの適用となり、納税猶予の対象が限定されます。早めの準備が重要です。
事業承継にかかる期間はどのくらいですか?
事業承継には一般的に5年から10年程度かかるとされています。後継者の育成、経営権の移譲、株式の移転、取引先との関係構築など、段階的に進める必要があります。特に後継者育成には時間がかかるため、経営者が元気なうちに早めに着手することが大切です。
後継者がいない場合はどうすればよいですか?
親族内や従業員に適切な後継者がいない場合は、M&A(第三者への売却)を検討しましょう。事業引継ぎ支援センター(各都道府県に設置)に相談すれば、無料でマッチング支援を受けられます。また、M&A仲介会社やファイナンシャルアドバイザーを活用する方法もあります。
事業承継と相続の違いは何ですか?
相続は被相続人の死亡により自動的に財産が移転する制度ですが、事業承継は経営権・株式・事業用資産・知的財産・ノウハウなどを計画的に次世代に引き継ぐプロセスです。事業承継は相続を含む広い概念であり、生前贈与やM&Aなど相続以外の方法も活用します。相続だけに頼ると、準備不足による経営の混乱や多額の相続税負担が生じるリスクがあります。